〜ひそやかに咲く名も無き花〜

思考整理、時々ポエマー。自作です。著作権フリーではありません。

さくらのはな

1.はじまり

 

今年の桜の開花は遅い。そうニュースでいっていた。まだ蕾がかたいようだ。

いつもの時間、いつもの仕事帰り。自転車で駅まで向かう途中にある並木道。この【いつものことも】今日で終わる。
セリナはふと立ち止まり、昨年のことを思い出していた。


その子との出会いは3月も終わり頃。桜は満開で見ごろだった。並木道沿いの公園では、花見客がちらほら夜桜見物の席とりをはじめていた。そんな夕刻。

 彼女は一人、車椅子がぬかるみにハマり苦労していた。

(泣いてるの?)
「大丈夫かな~。よいしょっと。よしっ、脱出成功。」

つい手がでてしまうお節介な私。
「えっ?あ、ありがとう。助かりました。」
(気のせいかな。泣いてはないみたいね。)
「どういたしまして。気は優しくて力持ち。お役にたてたなら良かった。」
「この愛車、最近乗りはじめたの。慣れないくせに、つい花びらを追いかけたら このありさま。私、ハナっていうの。カタカナなんだ。変わってるよね。」
「私はセリナ。えっと、奇遇ね。カタカナよ。」
私たちは笑いあった。
ハナの声は透き通っていて、耳に心地好かった
「もうそろそろ暗くなるよ。一人で帰れる?」
「うん、大丈夫。すぐ近所なの。ありがとう。」
「そう。じゃぁね~。」
「さようなら。」

 

 

2.春から夏

 

それから度々この桜並木ですれ違うようになり挨拶をかわした。いつしか仕事の日には【いつもの場所】であるベンチに腰掛け、30分ほど話をするようになっていた。


好きな男性のタイプ、テレビ、ニュースなど、たわいもない話ばかり。性格は全く違う二人なのに、好みが似ていて、とても楽しい時間だった。
雨の日にもハナは散歩を欠かさなかった。しかしいっこうに足で立てるようになる気配がない。怪我なのか病気なのか聞くのがためらわれ、話題にしたことはなかった。


夏も盛りを過ぎた頃、彼女は突然姿を見せなくなった。
セリナは【いつもの場所】で【いつもの時間】、ただ待ち続けるしかなかった。なぜなら、互いの苗字も、住む場所も、携帯番号もメールも、何も知らないままだったのだ。名前以外は全く。


連絡手段などいらない間柄。それだけのことだったのだろう。約束をしたわけではない。【いつものこと】が終わっただけ。【いつも】というのが永遠に続くはずもないのだから。そう自分に言い聞かせた。
秋の気配がする頃には、私はあきらめてしまっていた。もう待つこともなかった。出会う前の【いつも】に戻っただけだった。

 

 

3.ハナの母

 

それからずいぶん時は過ぎ、年も明けて3月に入った。ハナとの出会いの場所で、年輩の女性が佇んでいた。自転車の私に気づき手を挙げて止まってほしい仕草をした。

 

(え?私?)
「こんにちは。あなた、もしかして、セリナさんじゃなくて?」
「こんにちわ。えぇ、そうですが。」
「突然ごめんなさいね。ハナの母です。失礼をお詫びします。」
「あぁ、なるほど。ハナさんの…。」
元気ですか?の一言を飲み込んだ。
「ハナから預かったの。もっと早く差し上げたかったのだけど、遅くなってしまって。でもどうしても渡したくて。これ読んであげてほしいの。」と手紙を出した。


私はすぐ近くの【昔の いつもの場所】のベンチへ案内し、並んで座った。
手紙は分厚いものだった。

 

 

4.手紙

 

かわいらしい便箋にかわいい文字でびっしり書いてあった。

 

セリナへ
いまどき手書きですが(笑)、最後まで付き合ってね。この手紙が あなたのもとに届く頃、きっと私はこの世にいません。ビックリした?それとも予想してたかな。
セリナと過ごした時間、楽しかったよ。ずっと待ってくれてるような気がするから、手紙を母にたくします。
1年前、不治の病ってのになりました。でも信じられないくらい元気だった。出会った日の朝、目覚めたら急に歩けなくなってたの。そりゃもうショックで。お医者さんから聞いてたし、車椅子は前々から用意して練習もしてたけど、いざそういう生活になると辛かった。気持ちを抑えきれなくて、母に当たり散らして外に出たの。花びら追いかけたなんてウソ。動揺してうまく車椅子をあやつれなくて、ぬかるみにハマって。もう参った。
そこにセリナ登場!桜の中に舞う天使に見えたわ。帰ってから母に素直に謝れたのは、あなたのおかげ。でねしばらくして あの時間なら人目を避けれるし、散歩も気持ちのいいことに気づいたの。毎日あの時間だけ一人で出かけることをゆるしてもらったわ。
あなたは雨の日も散歩なんて~と笑ったね。でもつきあってくれた。生き急ぐ私は必死だった。そんな事情、知ってか知らずか、全て受け止めて何も聞かずにいてくれたよね。ありがとう。
実は視力も弱くなってきて、体力もなくなってきた。一人ではもう 何もできなくなっちゃうのかな。聴力や味覚は大丈夫みたいだから、食べて、音楽聞いて、その時がくるまで できる限り楽しく過ごします。
こんな前向きな気持ちでいられるのは、すべてセリナのおかげです。本当にありがとう。これを書きおえたら散歩もやめます。何もいわずに去りゆく私を、どうぞゆるしてね。私の分まで長生きしてよね。お元気で。バイバイ!

ハナより

 


5.わかれ

 

泣くことを隠しもせず、涙を拭きもせず、一気に読んだ。
封筒の中には、手紙と一緒に桜デザインの栞が入っていた。
「おばさん、お手紙ありがとう。このしおりも とてもかわいい。」
「私ね中身は知らないの。でもその様子じゃ、あの子は病気を告白したみたいね。」
「はい。それで、おばさん、、、ハナは?」
「秋のはじまる頃に旅立ったわ。とても安らかな顔だったのよ。」
「そうでしたか。」


私は仏壇にお参りさせてもらった。幸せいっぱいの笑顔の遺影。
「さっき私が立っていた場所。あそこが出会いの場所よね?」
「ええ、そうです。ハナが話したんですか?」
「いいえ違うわ。あの日ね、ハナを探して必死で走り回ってたの。そしたら あなたと一緒にいるハナを見つけた。笑顔だったから、そのまま家で待っていたのよ。あの子ったら、帰ったら ひたすらあやまって。あの子の好きな紅茶、ほら、これがそう。これをいれてあげたらね、突然『明日から散歩する!この時間!お願い』って。心配でしょうがないけれど、ゆるすしかないでしょう?」


オレンジペコ。あの子によく似合う紅茶だ。
「私と会ってることは 話しましたか?」
「ええ、話してくれたわ。毎日その日のこと嬉しそうに報告してた。」
「私もあの時間が楽しくって。一人暮らしでアパートに帰っても誰もいないし、仕事中もあまり話せないとこだから、思いっきり話をして、いいストレス解消になってました。」
「あの子ずっとスポーツばかりしていたのよ。車椅子生活は精神的にきつかったと思う。なのに、あなたと会えたからでしょうね。幸せそうだった。親の私にはできなかったこと。とても感謝しているの」
「いえ、そんな。私はただ会話してただけですから。おばさんの話も時々してたけど、大好きな気持ち伝わってきました。感謝してるって言ってましたよ。」
「そう言ってもらえて、胸のつかえがとれたみたい」おばさんは涙ぐんでいた。


「実は4月に異動が決まって、あの場所は もう通らなくなるんです。このタイミングでよかった。ハナのこと忘れません。桜の季節にはあの道を散歩しますね。ありがとうございました。」

 

玄関を出て見つけた さくらのはな。なんて美しいんだろう。

そこには表札の【桜野】の文字があった。


そう!彼女の名前は「桜野ハナ」。とても素敵な名前。


~完~